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第491回〜第500回

思い出に残る鹿島アントラーズの試合ベスト5

 新型コロナウイルスの感染拡大により、一週間前に緊急事態宣言を発令。外出制限や休業要請、テレワークの推進など、数々の対策はなされている。効果が表れるのはまだまだ先、俺自身は来週の一週間はテレワークに。まだまだ我慢の日々が続く。
 プロ野球やJリーグも再開されないままの日々、今日は俺自身が思い出に残っている鹿島の試合をピックアップした。サポーターそれぞれ、鹿島の試合に対する思い出はあると思うが、その中で5試合をピックアップし、俺自身の中で順位を付けてみた。

・第5位:1993年Jリーグサントリーシリーズ第1節、鹿島vs名古屋

 まずはJリーグ初年度で最初の試合を選択。この試合前までの鹿島の下馬評は「ビリ間違いなし」。日本リーグの住友金属時代、1部に所属していたシーズンは僅か2度だけ。Jリーグ入りを目指すためにジーコを招聘。選手たちに「戦うプロ集団」であることを強く意識付け、この初戦を迎えた。
 鹿島はジーコ、名古屋はリネカーという世界屈指の選手が出場。今では禁止されているチアホーンが鳴り響く。試合は下馬評を覆すかのように5対0で圧勝。ジーコがいきなりのハットトリック、アルシンドの2得点。これ以上にない好発進で、その後のサントリーシリーズを制した。
 この試合がなければ、鹿島は下馬評通りだったかもしれない。この好発進で、日本人選手たちはかなり自信になったはず。たかが1試合、されど1試合、常勝鹿島の礎となった1試合になったことは間違いない。

・第4位:2009年J1リーグ第34節、浦和vs鹿島

 Jリーグ史上初の3連覇を決めた試合。この2009年は山あり谷ありのシーズン。シーズン序盤、レギュラーだった興梠や新井場がスタメン落ち、シーズン終盤には5連敗を喫するなど、苦しい時期があった。
 第30節で2ヶ月ぶりの勝利をあげると、そこから一気に連勝街道を突き進み、最終節を迎える。再三の好機がありながら得点できなかったが、後半21分に内田からのクロスボールを、興梠がダイビングヘッドで先制。雨の中でスリッピーな中、飛び込んで決めた先制点だった。
 後半ロスタイムに入って、浦和の猛攻にさらされながら、必死に守りきって優勝。現地観戦していたが、ホントに心臓に悪かった。俺自身は放心状態になったが、泣いているサポーターも多数いた。
 2連覇したチームはいくつかあるが、3連覇したチームは今も鹿島のみ。今後、3連覇以上をするチームが鹿島以外に出てくるかも知れないが、鹿島には、今後も常に優勝争い、タイトルを多く獲得するチームであってほしい。

・第3位:2008年J1リーグ第33節、鹿島vs磐田

 リーグ2連覇がかかった試合ではないが、多くの鹿島サポーターは印象に残った試合。後半ロスタイムのラストプレーで、岩政の劇的な決勝ゴールが決まり、優勝へ向けて大きく前進した。
 この2008年は、開幕5連勝で好スタートを切ったが、ACLとの過密日程で、シーズン途中はやや躓いた。さらに9月20日の試合で、小笠原が全治6ヶ月の重傷で、シーズン中の復帰は絶望に。そういう状況でありながら、中後などがしっかりと穴を埋め、第33節に臨んだ。
 優勝へ大きく前進させたい鹿島と、残留へ向けて負けられない磐田、意地と意地のぶつかり合いは試合終了間際まで0対0で経過していた。磐田のファウルから、増田が少し早めに蹴ったFKを岩政がヘディングで合わせて、ゴールネットを揺らす。その直後に試合が終了した。
 俺は現地観戦していたが、試合終了後の余韻が残っていて、みんなホッとした感があったと思う。その劇的なゴールを祝福するかのように、虹も。この試合はホーム最終戦だったため、オリヴェイラ監督の挨拶もあり、挨拶の中で感極まり号泣。これぞ鹿島の勝負強さと印象付けた試合だった。

・第2位:2007年J1リーグ第34節、鹿島vs清水

 シーズン終盤の破竹の9連勝で、鹿島の大逆転優勝が決まった試合。この2007年はオリヴェイラ監督就任1年目で、プレシーズンマッチで野沢が負傷離脱した影響もあり、開幕ダッシュに失敗。野沢が復帰した第6節でようやく初勝利を挙げた。
 オリヴェイラといえば、あまりメンバーを入れ替えず固定し、戦術の浸透を図っていた。その戦術も浸透し始め、前年途中でメッシーナへ期限付き移籍していた小笠原が鹿島に復帰して、さらにチームが活性化。
 第26節から連勝を重ね、第33節では優勝の懸かっていた浦和に勝利。そして最終節、鹿島は小笠原、本山、マルキーニョスのゴールで3対0の快勝。試合中は浦和の途中経過を知らされていなかった選手、試合が終わって、ベンチの選手や監督が大きく喜んだ。その後大型ビジョンに浦和の試合の様子が映し出された。浦和の試合終了の笛が鳴った直後に大歓声に変わった。
 以前から何度か述べているが、俺自身が本格的に現地観戦を始めたのが、2003年2ndステージ途中から。現地観戦を始めて一度も優勝の瞬間を見ることができなかったが、初めて優勝の瞬間を見ることができた試合だったので、本当に嬉しかった。

・第1位:2001年Jリーグサントリーチャンピオンシップ第2戦、鹿島vs磐田

 鹿島と磐田の2強時代の真っただ中、2001年の1stステージは磐田が優勝。2ndステージは鹿島が優勝したが、ケガ人続出の影響もあり、1stステージは初の2桁順位の11位だった。
 当時の磐田は、中盤をサイコロの5のような陣形で、名波がその中央に位置することから「N-BOX」と名付けられる特殊な布陣。抜群の強さを発揮してきた。チャンピオンシップ第1戦では、その磐田に2点リードを許すも、秋田と平瀬のゴールで追いつき、引き分けに持ち込んだ。
 そして第2戦、互いの意地と意地のぶつかり合いは、後半でも決着が付かず0対0。Vゴール方式の延長戦となる。アウェイゴール方式だと鹿島が優勝だったが、当時はアウェイゴール方式ではない。
 延長前半直後に、磐田の西にあわやというシュートを打たれたが、曽ヶ端がはじき出す。その後磐田のファウルからのFKを、小笠原が見事に直接決め優勝が決定。FKも見事だったが、柳沢の動き出しが絶妙。ボールの軌道と同じコースを動いていたため、ヴァンズワムはボールが見えていなかった。
 1996年から2002年の7シーズン、鹿島が4回、磐田が3回リーグ優勝している。今はチャンピオンシップは廃止されているが、このチャンピオンシップは歴史に残る名勝負でもある。

【まとめ】

 ランク付けするというのは難しいが、俺自身はこれらをベスト5に挙げてみた。他に印象に残る試合があるとしたら、2009年第33節のG大阪戦。鹿島が勝って、川崎が引き分け以下なら3連覇だった試合。前半は0対0だったが、後半に興梠の先制ゴールから一気に試合が動いた。1点差にされるも、興梠がすぐさま突き放し、その後は田代とダニーロがゴールを決めて5対1の快勝。この試合での優勝はならなかったが、5連敗から完全に立ち直った鹿島の強さを示した試合だった。
 いろいろと思い出す試合があるが、あとはJリーグの再開がいつごろになってくるか。今日は大会方式の変更がJリーグから発表され、一定の基準試合数に達しなかった場合は、大会が不成立になるなどが発表されている。感染の状況を踏まえての判断になるが、今季はシーズン不成立になってもやむを得ないかも。たとえ不成立だとしても、少しでも試合はやってほしいなと思っている。願う、感染の収束。

印象に残る鹿島アントラーズのスーパーゴールベスト5

 新型コロナウイルスの感染拡大で、7都府県に対して緊急事態宣言が発令されたが、ついに全国に緊急事態宣言を発令。期間は5月6日までとなっている。
 不要不急の外出を自粛、スーパーマーケットは時間短縮はあるものの、概ね営業している。しかし、俺の地元京都では、京都アバンティやジェイアール京都伊勢丹、京都駅前地下街ポルタなど、京都駅前の店舗などが臨時休業となっている。「外出せず家にいてくれ」というメッセージでもあると思う。
 前回は鹿島のベストゲームと言える5試合を取り上げたが、今回はスーパーゴール集としてみた。サポーターそれぞれ「これもスーパーゴール」というのはあると思うが、あくまで俺自身が印象に残るスーパーゴールということで。

・第5位:2019年レオ シルバの5人抜きゴール

 これは昨年、J1リーグ第6節の名古屋戦でのゴールだが、この時の名古屋は首位にいた。前半先制されるも、土居のゴールで同点。スーパーゴールが生まれたのは81分、ハーフウェーラインを越えたところから、レオ シルバが相手DFをかわしてどんどん中央突破、最後は左足でゴール。
 決してスピードに乗ったドリブルではないが、名古屋DFのレオへのマークが少し遅れている感じもする。サッカーのプレーや戦術の見方は素人の俺だが、うまくすり抜けて決めた。

・第4位:1993年ジーコのヒールボレー

 Jリーグ初年度の1993年、天皇杯の鹿島vs東北電力戦でこのプレーが生まれた(東北電力サッカー部はブランメル仙台、そしてベガルタ仙台へ)。
 これも記憶に残っているが、当然簡単にできるゴールではない。ジーコの動き出しに対して、フワッと浮かせたパスも見事だったし、GKが前に出ていたということもあって、いいコースに飛んだ。往年の鹿島サポーターであれば、このゴールに関しても記憶に残っているはず。

・第3位:2009年カウンターからのゴール

 2009年、J1リーグ開幕節鹿島vs浦和戦で、2点目のゴールがまさにスーパーゴール。
 浦和のCKをヘディングでクリア後、ここからのカウンターが非常に速い。ダニーロがヘディングでクリア後、マルキーニョスがヘディングで落として野沢へ。その野沢は左から走ってきた内田へパス、さらに内田は右に走っていたマルキーニョスへ。そのマルキーニョスが狙いを定めてゴール。
 ゴールを決めたマルキーニョスも決してシュートコースは広くなかったはず。そして、野沢はよく見て内田へ渡したし、内田もマルキーニョスへのパスが絶妙。内田は本来右サイドなのに、このカウンターでは左にいた。これをこれだけの速さでできた、まさにスーパーカウンターの完結と言える。

・第2位:2014年西大伍のスーパーボレー

 2014年、J1リーグ第18節鹿島vs広島戦で、西大伍が小笠原からのCKをダイレクトで合わせてゴール。
 この2014年は、西にとって序盤は辛い状況だった。2013年終盤に警告の累積が2回のために2試合の出場停止。そこから伊東幸敏にポジションを奪われることに。2014年に入ってもポジションは得られなかったが、伊東のケガによって先発に復帰した。
 その先発復帰後の広島戦でスーパーゴールが生まれた。西曰く「小笠原選手のおかげ」ということを話していたが、そのボールをダイレクトに合わせることすら難しい。よく決めたゴールだった。以降はずっと先発で、完全にポジションを奪い返した。

・第1位:1995年レオナルドのリフティングからのゴール

 まぁやっぱり一番はこれかな。1995年NICOSシリーズ第19節鹿島vs横浜F戦で生まれた、レオナルドのスーパーゴールを第1位にした。
 前年途中に、現役バリバリのブラジル代表のレオナルドが加入した。数々のプレー、ゴールで鹿島の貢献したレオナルド、このリフティングからのゴールはまさにスーパーゴールで、鹿島だけでなく、Jリーグの歴史に残るゴールでもある。

【まとめ】

 これまでのJリーグでは、数々のスーパーゴールが生まれているが、鹿島の選手が記録したゴールといえば、この5つに関しては文句なしだと思う。
 10日ほど前に緊急事態宣言が発令されるも、今日ついに国内感染者数が1万人を超えてしまった。この緊急事態宣言が終了する予定の5月6日に本当に収束方向へ向かうのか、今の状況からするとかなり不安に残る。
 俺自身は来週からテレワークになる。当初は一週間ごとで交代でテレワークだったんだが、5月6日までは継続してテレワークに決まった。初めての在宅勤務になるが、貸与PCが小さいため、Javaや.NETのコーディングがうまくできるかなぁ。

9月入学に対して賛成、反対

 緊急事態宣言が発令されて約3週間、北海道など一部の都道府県では、新たに新型コロナウイルスの感染確認者が増えていが、多くの都府県では少しばかり減少傾向がみられる。しかし、依然として予断を許さない状況が続いている。緊急事態宣言の期限は5月6日だが、延長の可能性が高いと思う。
 さて、つい先日から、学校の「9月入学」に対して取り上げられることが多くなった。結論から言うと、俺自身は「反対」。小池都知事は以前から賛成している。大阪の吉村知事も賛成の意向を示している。賛成も慎重な姿勢の知事もいる。俺自身は以下の件に関してはどうするのか?ということで、現時点では反対する。

  • 9月入学の前に、新型コロナウイルスは収束しているのか?
  • すでに1学期の授業を受けた児童、生徒がいるけど?
  • 春の選抜高校野球、夏の高校野球、出場できる対象の学年は?日程は?
  • 社会とのつながりは?
  • 何月何日生まれから該当の学年?(早生まれ、遅生まれ)
  • プロ野球、Jリーグを目指す選手たちはどうする?
  • システム変更に大きな工数がかかると見込まれる
  • 今から約4ヶ月の議論だけで移行できるの?

 他にも考えたら出てくると思うが、とりあえず、パッと浮かんだものを取り上げてみた。これだけのものをどう解決するのだろうかと思ってしまう。
 企業の新入社員の受け入れというのも殆どが4月で、入社式は春に行われる企業が殆ど。9月入学だと8月卒業?だとすると、企業側の新入社員の受け入れというのも変わってるのか?
 スポーツ界にも影響すると思う。まずはプロ野球、これに関してはアメリカのメジャーリーグがモデルになるのではないかと思われる。春の高校野球、出場する学年って、新3年生と新2年生。これどうなるの?夏の甲子園は8月に開催されている。これどうするの?
 問題はJリーグ、現在は2月下旬開幕の12月上旬終了の春秋制。8月卒業とした時に、どう新人を受け入れるか。Jリーグでは欧州リーグと同様、8月開幕の5月終了の「秋春制」にしたいという議論を10年以上続けてきた。秋春制にすると、この新人選手の受け入れに関しては解決するはず。
 では、小池都知事や吉村知事、「秋春制にすればいい」とか簡単に言うんじゃないやろうなぁ?大きな問題として、豪雪地域での開催、これどうするの?リーグとの入れ替え(昇格、降格)があるため、Jリーグだけではなく、下部リーグも秋春制にすることになる。これどうするの?各Jクラブは秋春制に関して反対が根強く、10年以上経っても解決しない秋春制問題、これを約4ヶ月で解決できる?
 学校には成績管理など、各種のシステムがあると思われる。こういったシステム作りを本職としている俺から一言、「システム変更はすぐにできるとは限らない」。ただ、このIT関係以外の人からすると「すぐできる」と思われる。確かにそう。ユーザーの要件通りにシステム作りを行うわけだが、システムを改修する場合においても、処理全体を把握した上で、どれだけの工数がかかるかを算出する。改修要件次第では、短期間でできるシステムもあるが、システムの作りによって様々。

【まとめ】

 最も言いたいのは、「コロナを機に社会を大きく変えようとするな」ということ。これだけを約4ヶ月だけで解決しようというのは無理ではないだろうか。教育の現場だけではなく、社会全体を巻き込む問題。
 一番いいのは、一日でも早く収束の方向性が見えてくることだと思う。少しばかり減少傾向はみられるものの、予断は許さない。今日のNHKのニュースで、沖縄の石垣島へ旅行へ訪れた男性が「気にしてもしょうがない」ということで旅行を決行。休業要請がありながらも営業を続けているパチンコ店のある男性客は「感染しないよう気をつければ大丈夫」といった、根拠のない言い分を。60代男性客は「ストレスをためる方が体によくない」って、ここまでギャンブル依存症なのかと。こういった人がいる限りは収束は遠い。
 あまりにも唐突で、なぜ今、そして今年9月に実現する必要があるのか、方向性やメリット・デメリットに対する解決策をもっとはっきりと述べてほしい。国民を混乱させるのはやめてほしい。あ〜ぁ、まだまだ我慢が必要やね。がんばろう。

一部を除き、緊急事態宣言解除

 4月7日に緊急事態宣言が発令され、その後全国に緊急事態を発令。5月14日、政府は北海道、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、京都、兵庫を除き、緊急事態宣言が解除された。5月31日まで延長されていたが、残り8都道府県に関しても、その期限を待たずに解除される可能性を残す。
 一言で言えば「今後も油断せず」ということかな。俺が住んでいる京都では、緊急事態宣言解除にはならなかった。確かにやむを得ないと思う。京都の場合は、京都市以外ではほぼ感染者は出なくなったものの、高齢者施設や堀川病院関係で新規感染者が出ている。今日14日も1名の感染が確認されている。京都は観光客が多い都道府県のひとつ、他の都道府県の人が訪れて感染が拡がってしまってはいけない。そう考えるとやむを得ない。
 今後は段階的に休業要請を解除など、新たな生活様式での取り組みになっていくが、俺自身としては、なるべく早く出社したいという思いがある。4月中旬から俺自身は在宅勤務となっている。VPN技術を使って、リモートアクセスで仕事をしている。リモート接続が遅いということもあるが、傍に部下や取引先の社員さんがいないので、コミュニケーションがとりにくい。
 これからは感染抑制と経済活動の両立を目指すとしている。他国では、それをやろうとして感染者が増えているという事例がある。そうならないようにしたいところだが、どうやったら両立できるか、この答えを知っている人はいないと思う。それがわかったら苦労はない。今最も適切なのが、段階的な緩和というところだと思うが、緩和して感染者が増える恐れもあるし、緩和せず制限すれば日本経済は深刻になる。非常に難しい。
 新たな生活様式がうまく機能するか、何でもかんでもうまくいくと思わず、柔軟に対応していきたいと思うし、これからも不要不急の外出の自粛など、自分自身でできることをやっていきたいと思う。

印象に残る電撃移籍

 緊急事態宣言が39県で解除となったが、これまでの生活に戻るのはまだまだ先。自粛疲れもあるが、そこは割り切ってこれからも生活していきたい。
 Jリーグでは、シーズン終了後や途中で完全移籍するケースは多いが、今回はかなりのインパクトに残った移籍を取り上げる。日本リーグ時代やJリーグ発足後、例えば、「禁断の移籍」とも言われる柱谷哲二がヴェルディ川崎へ電撃移籍、昨年は「鹿島キラー」の藤本憲明が神戸へ電撃移籍など。
 何をもって電撃移籍なのか、というところは人それぞれかも知れないが、今回は鹿島アントラーズを退団し、他のJクラブへ移籍した選手の中で、非常に印象に残った5名を振り返ってみる。インパクト順など、順位付けは行わないものとし、海外への移籍は対象外とする。

・アルシンド(1994年終了後、ヴェルディ川崎へ電撃移籍)

 Jリーグ初年度1993年、ジーコとともに大活躍したのがアルシンド。独特の風貌で、アデランスのCMにも出演。「アルシンドになっちゃうよ!」や「友達ならあたりまえ」はホントに流行した。
 プレーにおいても、ゴールへの執着心、抜群の得点感覚でゴールを量産。フリーキックの精度もよく、鹿島での2シーズンでリーグ戦通算50ゴールを記録。
 しかし、1994年終了後、新聞に「アルシンド鹿島退団」の記事が。これにはびっくりした。ましてや、当時ヴェルディ嫌いだった俺だったので、そのヴェルディに移籍するなんて思ってもみなかった。金銭面の問題でフロントと対立したということが報じられたが、かなり印象に残ったアルシンドの電撃移籍だった。

・秋田豊(2003年終了後、名古屋グランパスへ電撃移籍)

 秋田豊に関しても、Jリーグ初年度1993年からプレーする選手だった。サントリーシリーズの開幕節では右サイドバックでの先発だったが、その後センターバックのレギュラーを確保し、数々のタイトルの獲得に貢献。1998年と2002年のワールドカップ日本代表にも選出。
 闘争心あふれるプレー、そしてヘディングの強さに関しても印象に残っている。そういった秋田だが、2003年2ndステージ最終節の浦和戦、他力ながらステージ優勝の可能性があった状況の中、後半ロスタイムに横浜が逆転したことで、鹿島が勝てばステージ優勝のはずだった。鹿島は2対1でリードしていたが、試合終了間際に追いつかれ引き分けに終わり、優勝を逃した。
 その後、秋田に戦力外通告。率直に「まさか」と思った。秋田はその当時33歳、全盛期のプレーというのは難しかったかも知れないが、やはりこの浦和戦で優勝を逃した事実が重くのしかかったかなと。戦力外なので、電撃移籍と言ってもいいのかはわからないが、長年鹿島で活躍した選手だっただけに、インパクトが強かった。

・柳沢敦(2007年終了後、京都サンガF.C.へ電撃移籍)

 1996年に入団の柳沢も印象強い。柳沢に関しては、鹿島で活躍の後、イタリアセリエAのサンプドリアへ移籍。その後メッシーナでプレーし、2006年に鹿島に戻ってきた。海外移籍が途中あったが、鹿島では多くのゴールを量産した。
 しかし、2007年、田代有三と興梠慎三の台頭があり、出場機会が減少していく。J1リーグ後、柳沢の移籍が報じられるようになり、天皇杯では、柳沢の残留を願うサポーターが多数。天皇杯決勝では、サポーターが「柳沢」と書いたボードを掲げて、残留を祈ったが、結局京都サンガF.C.へ移籍した。

・野沢拓也(2011年終了後、ヴィッセル神戸へ電撃移籍)

 野沢拓也に関しては、2000年入団も、小笠原や本山らがいたことで、レギュラー獲得に期間を要した選手。2004年J1リーグ2ndステージ第4節のC大阪戦で、リーグ戦初ゴール。2005年は大幅に出場機会が増え、アレックス ミネイロとの2トップでゴールを量産し、10得点を記録。
 その後はレギュラーとして活躍し、2006年途中、小笠原のイタリアセリエAのメッシーナへ移籍の際、小笠原の後継者として指名された。2008年は調子があまりよくなかったものの、最終節ではリーグ2連覇を決めるゴールを記録。2011年まで不動のレギュラーとして君臨した。シーズン終盤になると特に力を発揮することから「ミスター・クライマックス」の異名も。
 しかし、2011年のJ1終了後、田代とともに野沢が神戸移籍が報じられた時には「まさか」と思った。同年、中盤の層が厚くなって、激戦区になっていたにも関わらず、野沢は全試合出場したバリバリのレギュラー。神戸移籍が実際に決まったときには衝撃的だった。
 その野沢は、神戸のJ2降格とともに、2013年に鹿島に復帰。同年後半以降は、世代交代の影響で出場機会が減少し、2014年途中にベガルタ仙台へ移籍。その後、海外でプレーした後、現在はFCティアモ枚方に所属。

・金崎夢生(2018年途中、サガン鳥栖へ電撃移籍)

 2015年に、ポルトガルのポルティモネンセから、期限付き移籍で鹿島に入団した金崎夢生。当時は左サイドハーフとしての出場が多かったが、石井監督就任後、2トップでの一角としてプレー。そこでゴールを量産し、ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)優勝に貢献した。
 2016年1月に、一旦はポルティモネンセへ復帰したが、同年2月に完全移籍で鹿島に移籍。鹿島ではレギュラーとして君臨。2016年のチャンピオンシップ第2戦では2ゴールを記録し、優勝に貢献。
 その後も不動のレギュラーとして活躍も、2018年7月に鳥栖へ電撃移籍。ACL初制覇へ向けて、夢生の力は必要不可欠だっただけに、移籍は「まさか」と。
 今年は、新型コロナウイルスの影響による中断中に、2010年から3シーズン過ごした名古屋グランパスへ期限付き移籍。この移籍に関して「新しいチャレンジをしたい」ということだが、夢生はひとつのクラブに長くいるということはせず、3年程度で違うチームに移籍している。今回は名古屋で何を求めているのか、これは夢生にしかわからないと思うが、また縁があれば鹿島にも来てほしい。

【まとめ】

 秋田豊の戦力外通告というのは別だが、柳沢、野沢、金崎に関しては、自分自身のサッカー人生のための移籍と捉えている。興梠慎三にしても、2012年の後半は、大迫の1トップが定着し始め、不本意な終盤だった。浦和から自身のやりたいポジションでのオファーで移籍を決めて、浦和では毎年2桁ゴールを決めている。
 いろんな電撃移籍を見てきたけど、この5人は印象に残った。プロ野球と違って、Jリーグは移籍が活発化しているものの、長く活躍した選手がチームを去ってしまうというのは寂しい。どういう理由があるにせよ、その選手の人生なので、受け入れるしかない。
 Jリーグの再開はまだ先だが、それまでは我慢したい。現地観戦ができるのもいつになるかはわからないが、シーズン終盤だけでも行きたいなと思う。

緊急事態宣言解除

 5月25日、北海道、埼玉、東京、神奈川、千葉に出されていた緊急事態宣言は解除された。これで、すべての都道府県で解除された。
 少しはホッとした一方で、再び感染が拡がらないかが気になるのが正直なところ。昨日のNHKクローズアップ現代+で、北海道大学大学院の「8割おじさん」として知られる西浦博教授がVTR出演し、今後の見通しについて「野球が9回のゲームがあるとすると、『1回の表裏』が終わった程度」と。
 非常に具体的でわかりやすかった一方、「まだまだかぁ」と思った。確かに収束するにはまだまだかかり、これからはコロナとともに経済活動を段階的に再開しなければならない。プロ野球は6月19日開幕が決定したものの、当面は無観客。Jリーグは7月11日以降に観客を動員か?と、一部で報じられている。
 最近、SNS上での誹謗中傷が問題となっている。女子プロレスラーの木村花さんの死去、フジテレビ「テラスハウス」での言動をきっかけに、SNS上で誹謗中傷が相次いだとされている。新型コロナウイルスにしても、コロナにかかった人や家族などに対して誹謗中傷が問題に。木村花さんをきっかけに、法規制、議論が本格化している。これは是非ともお願いしたい。
 さらに政府にお願いしたいのが詐欺罪の厳罰化。これも何なんやろう、何でそこまで人を騙して金儲けしたいのか。詐欺罪の懲役刑って10年以下らしいが、無期懲役もあり得るくらいの法改正をしてほしいのが正直なところ。それでもゼロにはならないと思うが、少しでも減ってほしい。
 緊急事態宣言解除も課題山積み。でもやむを得ないと思う。有効な特効薬やワクチンができるまでは我慢だと思う。プロ野球は年間3試合程度、Jリーグは10〜15試合程度、例年はこれくらい現地観戦していたが、今年はさすがに不透明。移動が伴うし、感染状況を踏まえての判断になるかなと。まだまだ我慢我慢。

プロ野球、Jリーグで再び新型コロナ感染者

 6月2日、名古屋グランパスは金崎夢生が、新型コロナウイルスに感染したと発表した。さらに3日、プロ野球巨人の坂本勇人と大城卓三の2選手が、新型コロナウイルスの有無を調べるPCR検査で陽性反応が出たと球団が発表した。金崎、坂本、大城の3選手はいずれも入院しているとのこと。
 これはホントにびっくりした。まずは金崎夢生について、5月29日に発熱や頭痛を訴え、オフを挟んで、今月1日に発熱のために全体練習を欠席した。その後のPCR検査で陽性が判明。感染経路が不明だが、5月14、15日に神奈川県の親類宅へ自家用車で行っていたという。
 まず、金崎やクラブに現時点では非はない。ネット上とかで、神奈川県に訪れたことで感染したんじゃないかと決めつけている輩がいるが、要はなぜ神奈川県へ訪れる理由があったのかということ。パーティとか飲食店など不要不急の用事であればアウトだが、親戚の不幸や入院など、どうしても行く必要がある理由かもしれない。それに、現時点で感染経路は不明で、神奈川県で感染したとは限らない。
 金崎は神奈川県へ行くことをクラブ(名古屋)に報告している。そのクラブもネット上で叩かれている。なぜ認める?危機管理意識が甘いのでは?とか。ひどいのは勝ち点剥奪とか。はっきり言って、クラブを叩くことも間違っている。不要不急、県外へ跨ぐ移動の自粛は、クラブだけではなく、一般企業でもわかってる。その中でどうしても移動しなければいけない事情も出てくる。だったら、ゴールデンウィーク中に介護などで移動しなければならない人たちはアウトということになってしまう。
 できることなら、神奈川県へ行った理由をはっきりしたいものだが、もしも、神奈川県へ訪れた理由が家庭の事情だったとしたら、家庭の事情を突っ込むことはできないし、何もかもが公にはならない。
 できる限りの万全の対策をしたクラブに対して、1名でもコロナ感染者が出ただけで批判するのはおかしい。批判をするなら、あなたが経営者になって、感染者ゼロにするための対策をやってほしい。今回のコロナはそれだけ感染対策の難しさを物語っている。
 プロ野球でも坂本と大城が陽性反応。無症状の模様。専門家の見解では、感染から回復してかなりの時間が経過しているらしい。前日の練習試合で先発出場していたようで、2選手とも「まさか」と思ったんじゃないかなと。球団としても当然万全を期していたはずなので、球団だけではなくファンなどもショックだと思う。
 2選手の2週間前の行動に関しても、緊急事態宣言が解除になった後に昼食や夕食を少しとった以外は、殆ど外出はしていないという。行動的にも問題がないし、それでもかかってしまうということは、先ほども述べたが、このコロナの感染対策の難しさを感じた。球団や2選手には何の非はない。
 プロ野球の開幕、Jリーグの再開の日は決まった矢先のこのニュース。開幕や再開がずれ込まないことを願いたいが、まずは感染した3選手の回復を第一に、これ以上の感染者が出てしまうことがないように願う。

2020年プロ野球順位予想

 緊急事態宣言が解除され、東京では一時「東京アラート」が発令されたものの、解除され、ステップ3に移行した。これからは「ウィズコロナ」ということで、コロナと共に新しい生活様式での暮らしが続くことになる。第2波、第3波はいずれやってくるかも知れないが、拡大しないようにしたい。
 さて、新型コロナウイルスの影響で延期となっていたプロ野球、19日の開幕まで一週間を切った。今季は交流戦やオールスターゲームを中止。シーズンが成立するか不安なところはあるが、まずはシーズン成立を前提に順位予想をやってみる。

  • セ・リーグ
    • 優勝 阪神タイガース
    • 2位 読売ジャイアンツ
    • 3位 横浜DeNAベイスターズ
    • 4位 中日ドラゴンズ
    • 5位 広島東洋カープ
    • 6位 東京ヤクルトスワローズ
  • パ・リーグ
    • 優勝 福岡ソフトバンクホークス
    • 2位 埼玉西武ライオンズ
    • 3位 千葉ロッテマリーンズ
    • 4位 東北楽天ゴールデンイーグルス
    • 5位 オリックスバファローズ
    • 6位 北海道日本ハムファイターズ

■セ・リーグは混戦予想

 優勝は「希望」で阪神(笑)。だが、今季はかなり混戦になるかと思われる。どこのチームも不安材料はあると思う。俺が応援している阪神、やっぱり打線がカギ。新外国人ボーアが特にカギを握る。練習試合ではホームランも放っているものの、まだ波があるかも。昨年優勝の巨人、山口俊が抜けたのは大きいか。
 今季最も台風の目になるのではないかと思うのがDeNA。特に先発投手陣が充実してきた。唯一不安があるとすれば、筒香が抜けた穴か。その穴を佐野が埋めようということのようだが、フルシーズン戦えるかどうか。しかし、すごくいい素質を持っている選手、才能が開花するか。
 中日は昨年復活した大野雄大と柳が先発投手陣の軸になろうかと思うが、もう少し先発投手陣がほしい。広島も先発投手陣だが、抑えを務めてきた中アが復活するか。ヤクルトも先発投手陣のコマ、そしてバレンティンが抜けた穴は大きいか。

■パ・リーグはソフトバンクにしておく

 パ・リーグはやっぱりソフトバンクを優勝と予想。バレンティンは今年から外国人枠を外れている。DHでの起用が増えるのかな。投手陣においても、先発ローテーションがうまく回りそう。
 今季最も楽しみにしたいのが千葉ロッテ。先発投手時は揃いつつあるが、二木、種市らが去年以上に上積みがほしい。そして、何と言っても佐々木朗希が楽しみ。長身なのでそう見えやすいが、当時は線が細いかなと思った。しかし、最近の体を見ると、プロの体ができてきたのかなと。これは一年目から登板機会はありそう。
 まぁ、ソフトバンク以外は、どこも予想が難しい。特に西武はリーグ2連覇を果たしておきながら、クライマックスシリーズは2年連続で敗退。何としても日本シリーズに出場したいやろう。

【最後に】

 俺自身はこのように順位予想をしていたものの、野球協約では各球団の主催試合の最低数を60試合と定めており、シーズン成立の最低試合数は120試合とのこと。今年は新型コロナウイルスの影響により、それ以下になる可能性がある。シーズン不成立は避けたいところだが、こればかりは何とも言えない。
 当面は無観客試合となるが、感染状況を踏まえて、観客を入れるかどうかを検討とのこと。早く現地観戦したいファンは多いし、コロナが落ち着けばと願うばかり。

J1リーグ再開へ

 新型コロナウイルスの影響によって、長く中断していたJリーグが、J2とJ3が再開、開幕した。J1も明日再開される。
 東京で昨日は107人、今日は124人が新型コロナウイルスに感染していると発表。関西においても、大阪や京都でも感染者が再び出始めている。7月9日までは、政府の方針により無観客試合になるが、不安な再開となる。
 さて、長い中断があったJ1、いよいよ再開するわけだが、各チームの仕上がりというのはどんな状態なのか。鹿島の場合、ザーゴ監督の下、新しい戦術に取り組んでいたが、今年元日の天皇杯決勝からオフが非常に短かった上に、新戦術の取り組み、さすがに結果を出すのは難しいものがあった。J1再開へ向けて、今一度、今季の鹿島を占ってみる。

・新戦術の浸透はまだ時間がかかるか

 先週土曜日、横浜FCとの練習試合は完全非公開のため、内容を知ることができなかった。その前の週、J2町田ゼルビアとの練習試合(45分×4本)では、3本目にOGで1点が入ったが、結果1対0という辛勝に終わった。
 Youtubeでライブ配信されていた試合だったが、外出していたので、4本目だけを見ることができた。これまでの守ってカウンターから、自分たちがポジションをとって相手を動かす攻撃的サッカーを目指し、4本目を見てみたが、ザーゴのやりたいサッカーは確かに見えてきた。基本布陣は4-4-2ではあるが、攻撃時にはボランチの一枚が、最終ラインまで下がって、両サイドバックが高いポジションを取っていた。リズムよくパスも動いていたが、フィニッシュが・・・、という印象だった。
 唯一のゴールがOGだっただけに、印象度としては「戦術の浸透はもうちょいかかるか」というところ。これまでの戦い方を180度転換しているわけなので、今季の序盤は我慢となる。

・DF陣は誰がレギュラーを獲得するか

 J1再開前、ブエノがアトレティコ・ミネイロへ期限付き移籍した。昨年後半以降にレギュラーに定着したブエノが移籍したのは残念だが、今年は試合出場していなかった。
 まずはサイドバック、右は広瀬、内田、伊東が争う。内田と伊東はすっかり負傷は癒えたようだが、まずは広瀬が軸となるのか。左が特に激戦。FKやプレースキッカーを任せられる永戸、フィジカルが強くシュート力も持っている杉岡、経験豊富な山本、若い佐々木が争う。昨年はサイドバックに悩まされていたが、サイドバックの人材が豊富になった。
 センターバックは奈良、犬飼、関川、町田。ブエノが移籍したものの、町田ゼルビアとの練習試合では、杉岡がセンターバックを務めていたため、杉岡のセンターバック起用も十分にあり得るし、思ったほど戦力ダウンにはなっていないと思う。センターバックもレギュラーを獲得するのは誰か、ここもわからない。

・攻撃ではファン アラーノとエヴェラウドがカギを握る

 昨年12ゴールのセルジーニョが中国のチームへ移籍し、新たな得点源として期待されているエヴェラウド、得点と攻撃の中心のひとりとなってほしいファン アラーノ。彼らがフィットしないと厳しくなる。
 エヴェラウドは先日の茨城新聞の取材で、コンディションは非常に良く、よい準備ができているとフィジカル面など自信をつけているとのこと。ファン アラーノも、連携面は良くなってきていると手応えをつかんでいる様子。あとは試合で存分に暴れてほしい。
 今年の高卒新人である荒木、松村、染野。これまで高卒1年目から試合出場が多かった選手は内田篤人、大迫勇也、柴崎岳らがいるが、途中出場は少しあっても、高卒1年目から多く試合出場できた選手は少ない。しかし、今年は途中出場からでも、出場機会が多くなるのではないかと思われる。非常に楽しみな新人。

【最後に】

 中断期間中に戦術の浸透を図ってきて、いよいよ公式戦でそれを見せる時。再開序盤は、どうしても我慢になるが、今のところ怪我人の情報は入ってきていない。過密日程にもなるので、いろんな選手の起用があると思われる。戦術が浸透しないからコロコロとメンバーを変えるのではなく、コンディション面や過密度によって、うまく起用したいところ。
 明日からいよいよJ1が再開される。鹿島の優勝を期待したいが、一番は新型コロナウイルスの感染が再び拡大傾向の中だが、無事にシーズンが終了してくれること。コロナが落ち着いてくれることを。

苦しいスタート(やっぱり)

 新型コロナウイルスの影響によって再開が遅れていたJ1、第3節が終わって、鹿島は3敗で最下位に低迷。2012シーズン以来の3連敗スタートとなった。
 わかっていたことだったが、3連敗スタートとなると苦しい。天皇杯決勝で敗れ、オフはわずか6日だけ。そして、すぐにACLのプレーオフがスタート。監督がザーゴになって、新戦術の取り組みも時間がなかった。その後、新型コロナウイルスの影響で約4ヶ月の中断があり、その間の調整も大変だったと思う。いつ再開するのかが明確であれば、それに向けて調整できるやろうけど、いつ再開するのかがわからない状況の中での調整は難しい。再開が明確になってから、練習試合を重ねて、満を持して再開した。しかし、第2節、第3節とも敗れ、苦しいスタートになってしまった。
 苦しいスタートとなったシーズンは、2007年と2012年というのが記憶に残る。その当時を振り返り、これからどうすべきかというのを考えたい。

・2007年は野沢拓也の不在が影響

 前年途中、小笠原満男がセリエAメッシーナへ移籍し、野沢拓也が小笠原の後継者として指名された。2007年はオズワルド・オリヴェイラが監督に就任、プレシーズンマッチで野沢が負傷離脱。シーズンが始まれば、その野沢の不在が響いて、開幕連敗スタート。
 オリヴェイラは原則メンバーを固定し、戦術の浸透を図ってきた。開幕連敗後も原則メンバー固定で、第5節まで勝利がなかった。第6節にようやく野沢が復帰し、シーズン初勝利。
 復調気配、徐々に戦術も浸透してきて、シーズン途中にメッシーナへ期限付き移籍していた小笠原が復帰し、チームが活性化された。そして、シーズン終盤の破竹の9連勝で優勝に届いた。

・2012年はダイヤモンド型布陣が機能せず、および世代交代の苦しみ

 2012年、レギュラーとして君臨してきた野沢が神戸へ電撃移籍したシーズン。前年まで5シーズン監督として指揮したオリヴェイラに替わって、ジョルジーニョが監督に就任した。
 野沢が移籍し、ジョルジーニョが取り組んできたのが、中盤をダイヤモンド型にした布陣。野沢は抜けたが、前年レギュラーを獲得した増田誓志らがいたため、メンバー的にはそれほど問題なく、ダイヤモンド型にした布陣が機能するかどうかというところが気になっていた。
 シーズンが始まってみると、ダイヤモンド型にした布陣は機能せず、開幕3連敗スタート。得点にしても第4節までゼロだった。第5節まで単独最下位に沈み、第6節でようやく初勝利。しばらくはダイヤモンド型も、ダブルボランチに変更、そしてシーズン終盤には、大迫の1トップで、4-2-3-1での戦いに。リーグ戦は、一度も一桁順位になることがなく、史上初の二桁順位の11位に終わってしまった。
 他のクラブであれば、開幕5戦勝ちなしであれば、解任に踏み切るクラブも出てくると思う。しかし、2012シーズンは世代交代にも着手していかなければいけない時期、ということもあり、シーズン最後までジョルジーニョが指揮した。ナビスコカップのタイトルは手にしたことは良かったシーズンでもある。

・今年は2012年の苦しみとやや似ているか

 これまでも何度か述べている通り、天皇杯決勝後、わずか6日のオフで、すぐにACLのプレーオフがあり、さらに監督がザーゴに替わって、新戦術への取り組みという、非常に難しい調整を強いられた。
 ACLプレーオフ、ルヴァン杯GS、リーグ戦第1節、すべての試合で敗れ、しかも得点はゼロ。その後、新型コロナウイルスの影響で、約4ヶ月中断した。再開後の2試合もオウンゴールの1点はあったものの、全然ゴールが決まらない。川崎戦の谷口のオフサイド疑惑、染野が倒されたシーンもPKなしという不運もあるが、得点者がいないのは深刻。2012年も開幕3連敗で、得点者がいなかった。
 2012年との違いは、ルヴァン杯でも勝てていないことか。2012年のナビスコ杯(現ルヴァン杯)の予選は、5勝1敗で3連勝スタートでもあった。しかし、今年は公式戦全敗。2012年シーズン以上に厳しい。

【じゃぁ、どうすればいいか】

 サポーターからすると「我慢」するしかないと思う。俺自身はサッカー素人なので、戦術などは全然詳しくない。ただ、試合を見ていると、パスが合わず、自分たちでリズムを掴めないまま、結局は負けている。攻撃のキーマンとして挙げていたエヴェラウドとファン アラーノが、今のままでは「何が持ち味の選手なの?」という評価になってしまう。
 上田綺世を使ってくれとか、奈良はどうなの?など、何かと思うところはあるが、ここは監督やフロントたちの考えがあると思う。これまでの守ってカウンターのリアクションサッカーから180度転換して取り組んで来たが、浸透するにはまだまだ時間がかかるもんやね。
 今季は降格がないからといって、戦術の浸透にじっくり時間をかけるというわけに行かないと思う。あと何戦か戦って、戦術浸透に手応え次第では、ちょっと考えなければいけないかなと。
 さっきも言っているとおり、サポーターからすると「我慢」するしかない。サポーターなら、序盤は苦しむかなと予想はできると思う。それがアカン意味で予想通りとなってしまったが、苦しい時こそサポーターが支える時。今回のこの状況も、きっと乗り越えてくれると信じている。


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